KENWOODとALPINEブランドがスタート (その2)           

 22才の時に山口県宇部市に自分の店カーオーディオ専門店、オーディオボックスを設立した。 当時はパイオニアのほぼ独擅場だった市場にホームオーディオメーカー「トリオ」からケンウッドブランドと電機部品メーカーの「アルプス電気」からアルパインブランドが参入してきて、まさにカーオーディオマーケットは急成長した時期であった。 24才の時にスタートしたばかりの「Nakamichi」に出会い、インストール技術で音が良くなることを知った。「ポルシェにNakamichiを取り付ける事、アメリカではそれが最高のステータスだった。」と当時のカタログにそう書いてあった。 そのステータスを目指して27才の時にNakamichiスペシャルショップに参加した。 1年に一度のスペシャルショップのミーティングが東京で行われた。その時に聴いたB&Wのマトリックス801の音が忘れられなかった・・・・。 『忘れられない』と言いながらも山口に帰ったら何となくイメージは覚えているものの、カーオーディオのセッティング時にはなかなか思い出せない、結局中途半端なセッティングになってしまう「それならマトリクス801を買おう!」と買ってみたもののCDプレーヤーやアンプが貧素な物だと思うような音が出ない。お客様からは「これがスタジオモニターの音なら自分はドンシャリの方がいい」と言われる始末だった。


明確な基準のある音造りへ 

 そこで、CDプレーヤー・DAコンバーター・プリアンプ・パワーアンプ・ケーブルなど最高級な物を揃えた。なんとトータルで1千万円もかかってしまった。※ポルシェ1台分だ・・・。
しかしお金に替えられない物を手に入れる事が出来た。それは、「正確な音の基準を持った信頼できる店」というお客様からの評価だった。
1990年くらいから音のクオリティーが格段に上がってきた。普段どうしてもピットにいる事が多かったので店の801を聴く時間が少ない、なら「ピットにもスピーカーやアンプを」という事で少しサイズの小さいマトリクス802ピアノホワイト(当時80万円)を設置した。
プロ用モニターの音に慣れてくると、カーオーディオ用のパッシブネットワークやチャンネルディバイダーでツィーターとミッドを繋ぐとどうしても違和感を感じてしまう。それならパッシブネットワークを自分で造ろうと思い、セッティングの時間を短縮しようとパーツをブロックで閉じ、設定出来るようにした。
ピュアコンの原型が完成した。
80年代は1〜2年のサイクルで車をころころ替えていたが、90年代は研究に没頭していたのだろう、4〜5年サイクルでしかデモカーを替えていない。

(その3に続く)