19才の時から働いていた電気店でパイオニアのカーコンポ、ロンサムカーボーイを初めて販売して以来、22才でカーオーディオ専門店をオープンさせケンウッドやアルパイン・ナカミチなどのブランドが登場する前からカーオーディオ専門店で活躍していた井川氏。 25年間でデモカー兼マイカーとして招集してきた18台の車と時代背景を一つの表にしてみました。そして彼の25年をギュッと凝縮したコメントを掲載します。


パイオニアとロンサムカーボーイとは? (その1)           

 自分がカーオーディオに関わってきた25年間でデモカー兼愛車として使用してきた車は実に18台にもなる。今になって振り返るとシャリオやカローラGツーリング・レジェンドなどのカテゴリーが全く確立されていない発売初期に「よくこんな冒険みたいな車の買い方をしたな」と自分でもあきれてしまう。しかし数年後に必ずヒットしてしまう所から思わず副業でヒット車の占い業でもやろうかと思ってしまう(笑)。特に私が免許を取って初めて買った車がレオーネ4WDで当時セダンタイプで4輪駆動で水平対向エンジンという技術的には優れていてもかなりの不人気車だった。10年以上経ってレガシィになり大ヒット車になるとは当時は誰も考えていなかっただろう。よく言えば先見の名がある、わるく言えばただの変わり者だったろう。 そんな変わり者の自分が最初に車に取り付けたカーオーディオは一番メジャーなパイオニアを選択した。しかし当時の初任給が7万円弱の時代にパイオニアのロンサムカーボーイは音は良いが、19才の青年が簡単に買える代物ではなかった。なんせ当時のロンサムカーボーイはロールスロイスの純正ステレオに指定されている代物だったから・・・・そこで、当時無い金をしぼりだしてアンプとスピーカーとFMチューナーをレオーネに取り付けた。
 さすがに車とカーオーディオにお金をかけると2,000円以上するミュージックテープや自宅でホームオーディオを買ってマイテープを造るなどと言うことは無謀だったので、ただで音が手に入るFM放送に頼るしかなかった。車のFMチューナーの感度を上げるためにアンテナはアマチュア無線用の物を加工して取り付けた。その頃の自分はオーディオよりも無線工学が強く、自宅は竹竿と銅線で自作アンテナを造り、短波放送で海外のヒットチャートを聞いていた。1年後には何とか車と家のカセットデッキを手に入れる事ができた。20才の時には勤めていた電気店を辞めてカーステレオの取付を請けおう仕事を自分で始めていた。当時サラリーマンよりは少しは裕福な生活が出来るようになる。が、しかし収入の殆どは車とオーディオの購入資金となり、車とオーディオ以外の生活レベルは実に並以下だった。

(その2に続く)